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2010.12.31 Friday  スポンサーサイト

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2010.12.31 Friday  from 10 to 11

 


今年は要所要所で振り返ってきたので、別に今更振り返る必要も無いかなと思いながらも何となく振り返ると、年始めは入院明けで家から全く出る事も出来ずに寝て起きるだけの生活を繰り返していました。
ご存知の方もそうでない方も居ると思いますが、昨年夏に病気が発覚して以降、今も投薬治療を続けています。その間完全に気を病んで全ての連絡をシャットアウトした時期もあり、でもここまで回復する事が出来て、何でも無い、本当にありふれた事にさえ幸せを感じる事が出来るようになった。
春、友達とした単なるお茶の時間にさえ愛を感じたし、今繋がっている人達との関係は、たとえ少しの間離れる事があってもずっと大切に温めていきたいと心から思った。
やれるだけのことはやったと思う。出来なかった事も幾つもあったし、それで悔しい思いは何度もした。

でもそれが味方になってくれたから出逢った人も物も沢山存在していました。それが初夏以降に出逢った、年齢も役職も違う沢山の人達。


出逢っただけじゃなかった。再会もあった。色んな場所へ行ったし色んな経験をした。全てが一生忘れたくないものだった。
この年だからできただろうこともあり。叱咤され、激励され、そういう人が周りに居てくれるということに対しては、本当に感謝の一言に尽きます。こんなことはtwitterでも何度も言っていますが、感謝以上の言葉があるのなら使いたいくらい。


我儘で勝手で、有難うという言葉も御免なさいという言葉も、何度言っても足りないくらいですが、
人に出逢う事で、話してゆく事で、今迄見えてこなかったけれどくっきりと見えてきたものもありました。気持ち以上に言葉ばかりが先行することもあって、言葉なんていらないと何度も思った一年だったけれど、無数の言葉に多くの気付きをもらったのも事実です。
今年捲いた種を育て、芽吹かせ、花を咲かせ、豊かな実として刈り取る事が出来るよう、行動し、精進する2011年にしていきたいと思います。



2011年がより一層輝きに満ちた年でありますように。
来年も宜しくお願いします。

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2010.11.24 Wednesday  stormy moon light

 

心を許すということをとてもとても難しく考えていた。もしかすると今も、これからも、頭ではわかっていながらもこの課題と永遠に向き合い続けるのかもしれない。
今でも考えれば混乱の渦に落ちてしまいそうな瞬間は幾度も訪れている
ただ、それでも向き合うことだけは絶対にやめないでいようと思った。この数日間の中で、その想いは私の中に確実に根を生やした。

驚異の部屋
銀杏並木に紅葉
ハンバーグ
車に入り込む夜風
深く根差したスピリットと、その伝承者
電話の向こうの声
涙が見せた望月の空

直感に深く切り込んで出逢った尊敬すべき大好きな人達。
職業も年齢も育った環境も何もかもが違う。ただ心の内側に響く何かがきっと同じで、それを通じて出逢った大切な人達。

あの時、うごめく雲の向こう側に見えた抜けるような空の下では、純粋な気持ちにならざるを得なかった。滅多に流せない涙が流れた。
そこには絶対的な安堵感があったのかもしれない。それがほんの一瞬の出来事だったとしても。

カルマ。今こうして出逢えた人とのつながりは既に前世で確立されていたのかもしれないという説。
もしそれが本当にあるのならその存在を信じたい。数え切れないほどの何かが、誰かが築き上げてきた世界の一端で繋がった。それを受け入れて、自分の血肉として吸収して、新しい自分へと変わっていきたい。

どんどん生まれ変わって、自らを洗練させるのだ。
時にそれが苦しみを伴うとしても、大丈夫。
脱皮を繰り返して、いつか美しい蝶になるから。

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2010.11.18 Thursday  start again

 一年前のちょうど今頃twitterを始めた。
気付けばもう一年経ってしまったのかという感じだが、たかが一年でありされど一年で、
今迄それが自分の中のスタンダードだと思っていたものまでもが音を立てて崩れ落ちるほどの衝撃もあったほどに劇的に変化した1年だった。
事実、自分が今迄保ち続けてきた礎のようなものは破壊されてしまっていて、改修を重ねて、力を込めて作りなおさなければいけないほど不安定な状況に居る。
言ってしまえば今はその"改修作業"の途中。

mixiは友人への近況報告用にのみ使ってきたので、それまでの心の変化やどうしても書き留めておかなければと思う事は全てここや携帯用のHPブログ(高校時代までやっていたもの)に記してきた。
(文体があまりにひどいのでほとんど非公開にしてるけど)

twitterを始めて以来すっかりご無沙汰だったけれどもまた改めて記していこうと思ったのは、
言葉との距離の置き方、付き合い方をもう一度見直したかったから。

twitterには常に今、この"瞬間"の言葉があって、熟成されたものでも、そうでないものでも、とにかくそれまで経験したことのない量の言葉が流れてくる。たとえ一つのつぶやきが140字でも、一日に目にする言葉は量にすれば何千何万の文字になる。読書するのと同じような感覚でTLに目を通す生活。

そんな言葉の海の中に身を置き続けて、何か大切な事を忘れてしまっていたような気がしていた。
それは例えば自分の信念、見分ける力、あらゆるものの取捨選択、とかもろもろ

うすうすそれには気が付き始めていたが、決定的にしたのはここ1ヶ月。
”曖昧な気持ちでさえも無理に言葉にしようとすれば相手を誤解させるかもしれない。”
そんなリスクがあることを察知できずに言葉ばかりが自分の中で暴走してしまったことがあり、結果その通り、相手を誤解させ、自分までも混乱の渦に陥れてしまった。


距離の置き方は常に意識していないといけなくて、その為には理性と感情のコントロールという作業が常に必要になる。それを意識することなく常に直感の赴くまま動き回ってきたのが私だった。

故に異常なくらい不安定で、常にストップをかけてくれる人を必要としてきたけど、もうそれでは生きられない年齢であることを近頃、ようやくかという感じではあるのだけど実感するようになった。

こうして言葉を並べる作業も、育ちかけの30〜40位の理性と残りの60位の勘にまかせてやっているわけなのだが、まだまだ不安定で穴だらけだ。
でも、こうして一つの文として気持ちをまとめていく所から自分の気持ちと、言葉と正直に向き合うというリハビリを始めようと思う。

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2010.10.08 Friday  back to 0


Kenneth Kirschnerの空虚の音を聴きながら眠りから目覚めた。真昼の月が明るい。


ここに書き留めなかった間に本当に色々な変化があった。
心境も、環境も。
きっとこれ以上の変化を経験することは、今後しばらく起こらないのではないかと云う程に。
なぜそう思うかといえば、それが自分の許容量を超える規模で起こって、結果的に全てを手放してしまったから。
厳密に言えば全てではない。まだ手の中に残っているものはある。
少なくとも、それは今何よりも大切にすべき存在で、大切にしようと心から思うもの。大切にしなきゃ、という義務として見るのではなくて、あくまで自発的なものとして。


自分の中で「〜しなきゃ」という義務めいた感情が沸き起こってきた時点で、そこにはもしかすると執着が芽生えているのかもしれない。そしてそれは手放すべき存在であるのかもしれない。勿論、ケースバイケースだし、手放してはいけない執着が存在するのも事実だけど。

昨晩手放したそれには、間違いなく執着があった。自分でも知らないうちにそれを義務のように感じていた。
でもそうやって現実を歪曲させ義務的な目で見てしまってたのはただ一人自分で、誰も歪ませようとなんてしてなかった。
0に戻さなければ気がつかなかった事なのかもしれない。
というか、自分の心の内で少なからずゼロになりたいという意識が芽生えて居て、その意識がこの現実を引きつけていたのだと考えても、嘘にはならないだろう。
今こうして考えれば。
完全に、私の中で余裕という二文字は、忙殺されそうな生活の中に葬り去られていた。


未だ、この現実に対して、感謝が出来る程の器は備わって無い。今は。
この一件で、10年泣いた姿なんて見てなかった父親を初めて泣かせてしまったのも事実だ。
母親が帰らぬ人となった、その自分の力不足の悔しさに泣いてた、あの日以来だろう。

絡み合う要素があまりに複雑で、自分の中で紐解いてクリアにしていくという作業はあまりにも時間がかかりすぎるような気がする。
(今そう思うだけで、現実は意外にあっさりしているということもあるかもしれないけど)


これ以上言葉で中和しようとしても意味無く言葉が独り歩きするだけだろう。
整理して、もう一度、改めてこのノートに記すことにしよう。

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2010.04.26 Monday  no title



ずっと父一人子一人の生活だったからなのか、それ以前から両親共働きだったからかはわからないけれど、子供の頃から人を頼るのが苦手で、信頼という言葉を避けて通ってきた。
知らないうちに「大丈夫」が良くも悪くも口癖になってることに気付いて、意識をして、
一瞬脳裏によぎっても、何か人を頼りにすべきなんだろう瞬間に「大丈夫です」と言って助けを断ってしまう。

一人で出来ることが自立することだと思ってたし、一人でなんでもこなせることはかっこいいことだと思ってた。でも別にそんなことなくて、むしろ私の場合は一人でいることに意識を向けすぎて気張りすぎていたのかもしれない、いや、今も気張りすぎてるのかもしれない。
色々気付くことがあっても、これだけはその事実に気が付いただけで解決の方法がいまいちわからない。
わからないというか、わかろうとしていないというか。
これだけが一番単純なようで、一番厄介な短所のように思えてならない。
この部分だけが心の中の引っかかりになってどんより曇っている。

空は澄み渡る晴れ模様。 

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2010.03.11 Thursday  クリアにする、ということ


病気がきっかけで休学してからまったく何もやる気が起きなくて、
近頃はずっと家でまるで冬眠中の熊のごとく眠り続けて、たまに気休めにゲームかネットをいじって過ごすという、正に廃人のような生活を送ってきた。

実際問題、少し前よりも良くなったけどそれは現在進行形の話である。



が、昨日と今日で自分が見落としていたものに気がつく瞬間が二度あった

昨日の話
寝て起きて、部屋がやたら寒くて外を見ようとしたら窓が曇っている。
雪が降ってるって話で、とりあえず窓をこすってみたら、カーテンの裏側の指が触れた部分だけ真っ黒だった。

考えてみたら、カーテンはほぼ閉めているせいかもう何か月も窓というものを拭いていなかった


それで今日の話
何となく曲を落としたくなったのだがメモリが足りなくて、予備のUSBも見つからなくて、
それで何となく部屋を片付けたいなと思い立って、片付けてみた。ら、
雑誌、読みかけの本、要らないもの、あらゆる無駄な要素が部屋に散乱していた。

有るべきものがない。別になくてもいいものがある。
使ってないミシンが埃をかぶっていることにさえ見て見ぬふりをしていた。


自分がこの、いわゆる自分の身辺の整理をを怠った期間、どれだけの不安や恐怖心が我が身を襲ったかなどわからない
そしてそれは廃人生活と同様、現在進行形。
部屋が自分自身の心の鏡だとはよく言ったもんだなと思う。
掃除機は割と頻繁にかけていたから、自分の部屋は作業中よりは綺麗だと思ってたけど、
そんなのは単なる過信であって自意識過剰だった。

自分の心に対しても同じことが言えて、今まで人に嫌われる事や突き放される事を恐れている自分を、
ずっと自分の意識の中で正当化しようとしていたことに最近、気が付いた。
そんなのは単なるいい人止まりで、本当にいい人にはなれない。
ちゃんと自分に必要なものを与えていないのだから。

この気づきがあったことで、少し自分自身がクリアになった。


きっとこの、クリアにする、という工程を何度も重ねることで、得るものは得て失うものは失い、
ほんとの意味で大人になるんだろう。



単純な結論を申し上げると、
掃除って大事だから明日はとりあえず、掃除機かけるだけじゃなくてちゃんと窓とか汚れは拭きとってやろう、ということ。

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2009.12.01 Tuesday  H.A.

 
彼の服にとりつかれたのはいつのことだろう
知れば知るほど未知で、知れば知るほど感動的で

初めて彼の服を間近で目の当たりにしたとき
そこだけが透き通った空間のように澄んだ空気に満ちていて、涙が出そうになったのを覚えている

静寂の中に響いた透き通る声のような、暗闇の中に差し込む一筋の淡い光のような。
彼の服がそんな世界を持っているような気がした。おそらく 彼自身も

彼の生み出す服のように、静寂の似合う、繊細で危うさが潜みながらも暖かい光にあふれるものを作りたい。今はその可能性がたとえ0だとしても


(いつか必ずあの人の片腕になりたい)

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2009.07.07 Tuesday  no title

自分自身の像をを電波に乗せることも、
誰かに負けるまいと必死になることも、
自分自身の限界に挑もうとするのも
すべての根底は自分自身を認めてもらいたいという欲求の塊からできているようなものだと思う。

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2009.01.25 Sunday  ...

すごく保守的になってるって言ってた。今のファッションについて。景気後退の影響が一番大きいけど、新しいことをする人自体が少なくなってきているような気がする。
あと、09ssを見てて思うのは、発表に際してお金をかけているショーが本当に少ない。かけてる所はかけてるんだと思う。一回に何百、何千、時には億単位。でもそれはほんとに老舗ブランドで株を多く持つような会社がほとんどであって、例えば、インターネットで配信するとか、インターネットとかビデオで配信するってことも、ここ最近、V&RとかHussein charayanのショーで見てもう普通になってきてるんじゃないかって思った。CDを売るための宣伝用PVと同じような発想。お金をかけてるにしてもブランドの大半は海外だとスポンサーの協力を依頼するって噂。東コレでも数ブランドがそうしてたように。加えて、キャットウォーク形式のショーの存在そのものの意義を唱える人も中にはいる。展示会のみ、じっくり一着一着見ていただきたいというような。
服が売れなくなってる理由は、CDが売れなくなってる理由と近いんだと思う。形として残るものにお金をかけるよりも、それよりももっとポータブルで手軽で、簡単に手に入る形のないものにお金をかけるっていう発想。日本人だけがそうでないことは、事実を目の前すればだれの目から見ても明らかなこと。
景気がここまで生活観を変えるって考えると、この先の景気の変動によってまた今の生活観が覆される日もそう遠くはないんだろうと思う。
今の世の中、変化は思ってる以上に大きい。学校だけじゃそんなことわかるわけがないよねっていう。

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2008.05.07 Wednesday  staring at the sun

TV on the radio
これを聞くとなぜか後ろめたいというか もどかしい気持ちになる

頭の中にはやっぱり 記憶が無意識のうちに残っている

思うのは 結局あの日の苦しいとか、痛いとか
辛かった心の傷をちゃんと認めてあげれてなかったんだってこと

お別れをするという決断は必然で
彼もわたしも同じ気持ちだったはずだ あの頃は

いつの日か知らないうちに執着しているのは わたしのほうだった

吐きたくても吐き出せないし吐き出したくない
自分の中だけで隠してそれで終わりにしたかった想いが 今更になってあふれ出てしまったのかもしれない

きっと限界が来ていて
だれかにそれを諭された時には きっと大声で泣いて
そばにいる誰かによりかかってしばらく離れられなくなってしまうんだろう

ふと思い出す 甘えたくなると
必ず出てくるのは肌を重ね合わせて何かを確かめ合おうとする甘い時間 それ

昔 愛していた
愛とは尊敬に値するもので きっと始めのうちに見えていたそれは ほんものだった
ただ 知らないうちに本物を捻じ曲げてしまって見ていたそれは
まったく別の偽物に変わっていた

後悔といえばマイナスなのかもしれない
けれど何かを拾うことはできたのかもしれない
きっと今まで見ていたものはすべてが浅はかで 中途半端だから汚らしいものでもきれいに見えてしまっていた

そうじゃないんだよ

必要だったのは間違いなく本物を見つける時間そのもので
時間を経て 自分と向かい合って信じ続けてゆくことに他ならなかった

だからただ思うの
次に出会うものこそは見極めていたいと

次に出会うものこそは本物であってほしい

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